世の中に存在する意地〇〇な人。
例えば意地の悪い、意地汚い、食い意地、意地っ張り…
そう言われる人って結構な割合で理解不能な人たちが本当に多い。
職場の意地の悪い女性。
自分の都合ばかりを押し付けて無理やり我を通そうとしてくる。
自分の気分次第で他人に当たり散らし横柄な態度を取る。
他人の失敗をこれ見よがしに指摘する。
まるで鬼の首でも取ったかのように揚げ足を取ってくる。
そのくせ、自分のお願い事や都合が悪いことがあると急に猫なで声ですり寄って来る。
最低だ。
職場の意地汚い男性。
常々、人の物は自分の物という精神。
使える物は使っちゃえってな考えで、物だけでは飽きたらず善意と労働力まで搾取する。
そのくせ、人に対して感謝することや労いの気持ちが一切持てない。
やってもらって当たり前。
いや、やってもらってることすら気付いてない!?
我が強すぎる、その姿を目の当たりにすればするほどほとほと情けない気持ちになる。
マジ最低。
この二人に共通するのは、どちらも心根や根性が悪い。
あんな人間にだけはなりたくはないと常々思う。
今までそれで生きてこれたなんてある意味凄いと思う。
あっ、凄いってのは哀れみの方ね…
結局は可哀想な人なんだなと思う。
ご都合主義で身勝手な人。
だいたいそう言う人は相手によって態度をコロッと変えるから可笑しくなる。
本人は気付いてないだろうが、それはもう分かりやすいほどに態度が変わる。
自分より弱いと思う相手にはネチネチと嫌味を言ったり強く出る。
そのくせ自分より強いと思う相手には、ペコペコと下手に出て媚びへつらう。
そして、そこで溜まったストレスは周りに当たり散らし発散する。
まさに負のループ。
馬鹿じゃないの!?
その姿を目にする度、思わず鼻で笑いそうになる。
小さな世界で偉そうにする。
我が天下とばかりに言葉の暴力や態度で威圧してくる。
そうやってマウントを取る自分自身を強い人、デキる人だと勘違いしては酔いしれている。
そんな人って、きっと心が弱いんだろうね。
虚勢を張って生きるしか術を知らない。
自分の感情も抑制することができず周りを不快な気分にさせる哀れな人。
人に優しくできない人は、結局は誰からも優しくなんてしてもらえない。
けれども、そんな人に限って自分だけは特別だって思ってるから可笑しくなる。
優しくしてもらえて当たり前。
困った時は助けてもらえて当然。
自分が正義、自分が一番正しい。
自分が言えば何だって通る。
何をおいても優先されて当たり前。
勘違いもはなはだしい。
その振る舞いは、そっくりそのまま我が身に戻ってくる。
それは、より当たりが強くなって我が身に戻ってくるのに気付いてるのだろうか?
困った時はお互い様ってのは、持ちつ持たれつの関係。
ある程度の信頼関係があってこそ成り立つものだと私は思っている。
win-winな関係が築けてない意地悪ばかりしてくる相手を誰が助けるというのだ!
現にその職場の女性は最近、体調を崩しがちだと耳にした。
それを聞いた周りの人たちは「可哀想にね〜」なんて言ってるけれど実際のところはどうなんだろう…
口先では心配してるフリはしているけれど本心では誰も心配なんかしていない。
いや、「ざまぁみろ」って思ってる人の方が多いはず。
だって殆どの人が本人の居ないところで口々にこう言うのだ。
「体調が悪いのは大変だろけど、でもね…」って。
普段から人に対して大柄な態度ばかり取ってるからバチが当たったのだ。
自業自得とはまさにこのことだ。
結局、周りの人たちは心配の言葉こそ掛けるが、実際のところ体調が悪いと言う彼女の仕事の負担が減る様子はない。
常日頃の行いが、ここぞとばかりにブーメランとなって戻って来た彼女の姿を見て清清する。
たとえ意地悪ばかりする人でも体調が悪いんだから可愛そう…
そんな風に困った時はお互い様の精神で仏の心で接することができる人は、そうそう居ない。
現実なんてそんなもの。
ただでさえ年齢と共に頑固になったり、意固地になってきたように感じる今日この頃。
周りでも年齢と共に、気難しさや意地悪な部分がチラホラと見え隠れする人が出て来た。
若い頃はそんなことなかったのに、どうしたの!?
そんなこと何度か感じるうちに、少し距離を置こうかなと思える相手が居るのも現実。
そんな他人の変化を目の当たりにしては、私も意地〇〇な人にならぬよう気を付けようと思う。
人のふり見て我がふり直せとは、昔の人はよく言ったものだ。
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