「〜ねば」「〜べき」の呪縛

仕事
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以前から自分の中で薄々気付いてはいたのだが、最近になり確信へと変わったことがある。
それは何かというとワタシは「〜ねば」や「〜べき」ってものに囚われ過ぎているのだ。

別に他人に対して、それを強要する訳ではない。
むしろ人には人の考えや価値観があるので好きにやってくれたら良いし何の干渉もしない。
それにワタシの考えを無理に押し付けてもしょうがないと思っている。
あくまで自分自身に対して「〜せねばならない」「〜べきである」って部分が非常に強いのです。



特にワタシ場合、仕事の最中に「ねばべき星人」がひょっこり顔を出して来るもんだから実に邪魔くさい!
「〜せねばならない」「〜べきである」っていう囚われは、時として無駄に自分自身のハードルを上げることとなってしまうものだから。
何かを創り上げる時は今ある以上のものを創らねば・・ならないだとか、ココはもっとこうすべき・・であるなど、何かにつけてハードルを上げては実力よりも少し上を目指そうとする。
それはそれで向上心があって良いことじゃないって思えたりもするし、頑張ってる自分サイコーって思えるほどに気力がみなぎってる時は良いのだが、いかんせん消耗も激しくなるようです。

良い方に転がり吉と出れば報われるけれど、思わぬ方向に転がり凶と出た時なんかは最悪だ。
疲労と共に、ひたすら一人反省会の開催となる。
ひとたび「ねばべき星人」の餌食になろうものなら、休日はどっと疲れに襲われて一日中ダラダラと寝て過ごすなんてこともザラにある。
それで疲れがきれいサッパリ取れるなら未だしも、そんな時って大概リフレッシュ出来ないまま夕方を迎え、サザエさんを観ては鬱々とした気分を味わうのです。サザエさんの底抜けな明るさとおおらかさ、何が起きようとめげない強靭な心。あれはあれで是非とも見習いたいものです!
だって、買い物しようと街まで出掛けたのに財布を忘れてたりした日にゃ愉快な心でなんかいれませんよ…
きっとワタシならば財布を忘れたことにゲンナリし、せっかくの休日に無駄な労力を使ってしまった自分自身に腹が立つやら情けないやらで、どう頑張っても愉快にはなれない筈です。
話は逸れましたがワタシにとっては、ねばべき・・・・の囚われは廃人生活へと繋がるのです。



ところが不思議なことに「ねばべき星人」が現れワタシを惑わせ振り回すのは仕事をしている時だけで、プライベートとなるとこれが一切現れない…
これは一体どういうことなんだろう??
むしろ、プライベートでの自分自身こそしっかりと生きていかねば・・ならないのではなかろうか!?
なるべく面倒なことは避けて行きたいと常々思っているし、できるだけ省エネな感じで生きて行ければ思っているし、ぐうたらしていてダラシがない。
挙げ句の果てに最近の口癖は「太ったからマジで痩せねば・・ならない…」なんて言ってる割に、舌の根も乾かぬうちに甘い物を食べているではないか!
そう、プライベートに於いては自分に対して甘いんですよね。

幼い頃に思い描いていた大人のイメージから随分とかけ離れた大人になった自分を正当化するために、せめても社会と密に関わる仕事の時だけでもキッチリしている風に取り繕って必死でバランスを取ろうとしてるのかもしれない。ただ、間違えた方向にベクトルが向かっているのが少々問題なんですがね…

無理やり取り繕っても、いつかどこかでほころびが出来て自分自身が窮屈になりしんどくなる。
これからは、肩のチカラをもう少し抜いて「ねばべき星人」と楽な感じで付き合えるようになれるといいな…
そして、サザエさんのようにおおらかな人になれますように!

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